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ひょんなことからWillow Fieldsへやってきた小曽戸コーチ。Willow Fieldsへ来る前は、日本から遠い南米のアルゼンチンやパナマでプロ選手としてサッカーをしていたという異例の経歴の持ち主でした。『南米でプロとしてプレーをしてた!?』一体どんな人が来るんだろうとWillow Fieldsのスタッフはどきどきしていました。
しかし、一度Willow Fieldsへ来るとスタッフの皆さんとも直ぐに仲良しに!小曽戸コーチにはキッズスクールを担当をしてもらっていたのですが、小曽戸コーチは自他共に認める子供好き!子供たちとも直ぐに仲良しになり、小曽戸コーチはすぐに子供たちの人気者になりました。

小曽戸コーチの南米でのサッカー経験の後に入団をしたチームは、埼玉県から新たなプロチームを目指して活動を始めたアヴェントゥーラ埼玉でした。小曽戸コーチはアヴェントゥーラ埼玉でエースナンバーの10番を背負い、チームの中心選手として、エースとして、そしてキャプテンとして活躍していました。
アヴェントゥーラ埼玉は埼玉県1部リーグに所属し、関東リーグ昇格を目指しサッカー中心の生活を続けていました。

今までミニサッカーを遊びでやったことはあったけど、本格的にやるフットサルはこれが初めての経験でした。元々小曽戸コーチ曰く、『フットサルの戦術に馴染めなくて、そこまで面白いと思わなかった・・・』とのこと。でも、ロクFCに入ったのはアルゼンチンにサッカー留学をしていた時に知り合った『Artista埼玉・加藤選手(ロクFC創設者)』の紹介があったから。チーム創設者の加藤選手が『お前ならフットサル日本代表になれる!』そう言われ、戸惑いながらも埼玉県1部リーグのチームでフットサルを始めました。 (写真は小曽戸コーチの記念すべき初のフットサル公式戦です)
その後、サッカーと両立しながらもフットサルを続け、その実力を知らしめて行きました。2007年には埼玉県ベスト5に選出され、2008年度もベスト5に選出されました。徐々にフットサルの魅力にのめりこんでいった時期でもありました。

2007年、PUMA CUP埼玉県大会を見事に優勝し、関東大会への出場権を獲得しました。関東大会1回戦、三栄不動産相手に1得点で4-2の勝利に貢献。そして2回戦、関東リーグ準優勝のSharksとの対戦。各上相手にまったく引けをとらないプレーを見せるものの、2-4で敗戦。その時、フットサルマガジンPIVO!の編集長の方から強い推薦をもらい、Fリーグの挑戦を現実の物として考え出しました。当時、Sharksの監督をしていたパコ監督も、小曽戸は別格の選手として賞賛していました。
『もし、この試合でロクFCがSharksに勝利していたらそのままロクFCでフットサルを続けていたかもしれない』と、後になって小曽戸コーチは語っていました。格上のチームと対戦し、『自分はもっと上で出来る』という気持ちもあり、周りの人たちの後押しもあってFリーグへ挑戦することに決めました。

セレクションで紹介をしてもらったチームは2チーム。デウソン神戸とバサジイ大分でした。両チームのセレクションを受けて、両チーム共に合格。色々と悩んだ末にバサジイ大分への入団を決めました。今まで所属していたチーム(ロクFC、アヴェントゥーラ埼玉)、そして職場であったWillow Fieldsとの別れもあり、難しい決断だったのですが、自分の更なるレベルアップのため、日本最高峰のリーグへの道を決断しました。
チーム入団直後、まだフットサルを始めて1~2年の小曽戸コーチは、日本最高峰のリーグでの本当のフットサルに馴染むのに苦労はしたものの、持ち前のひたむきさで見事にチームに溶け込み、主力選手としての地位を獲得していきました。

2008年6月、名古屋オーシャンズのフットサル専用アリーナでオーシャンアリーナカップ2008が開催されました。初戦は前年度の(Sharksに負けた年)のPUMA CUPで全国優勝を果たした強豪・バルドラール浦安。そこで、関係者の度肝を抜く活躍を見せ初戦で2ゴールの活躍。メディアなどをにぎわすほどの新生スター選手として名乗りでました。

開幕戦はステラミーゴ岩手との対戦。ステラミーゴ岩手の監督は、ロクFCがPUMA CUP関東大会で敗れた試合、Sharksの監督をしていたパコ監督でした。小曽戸コーチは開幕戦で2得点の大活躍!得点だけでなく、全力で観客を魅了する素晴らしいプレーの連続で、開幕戦MVPに輝きました。さすがにこの活躍に、応援にかけつけたスタッフ、そしてWillow Fieldsのお客様も大興奮でした。
そして、数多くのメディアに注目されたのが小曽戸オレンジ軍団!WillowFieldsのスタッフとお客様が小曽戸コーチ応援Tシャツを着て代々木体育館に集結!メディアから大きな注目を浴びました。

Fリーグでの活躍が認められ、いきなり日本代表合宿へ召集されました。小曽戸コーチを応援するスタッフやお客様もこの一方にはもう大興奮!当時、本人曰く『チーム関係者が冗談を言っていると思った』というほど、自分では信じられない気持ちだったとのことでした。フットサル経験が他の選手達と比べたら断然に少ない小曽戸コーチは、戦術や決まりごとなど覚えなくてはいけないことをノートに書き綴り、必死にチームにくらいついていき、アピールを続けました。
ワールドカップ直前の合宿では、残念ながら代表から落選したものの、ワールドカップ本番直前になり召集が決定!晴れて日本代表のメンバーとしてフットサルワールドカップをブラジルの舞台で戦うことになりました。

日本の初戦の相手は王者ブラジル。圧倒的な個人技と圧倒的なチーム力。試合開始からブラジルペースで進み0-3とリードを奪われていました。その場面で、小曽戸コーチが自陣でブラジルのエース、Falcaoからボールを奪うとドリブル一閃!次々とブラジルディフェンダーを抜き去り歴史的ゴールをあげました!ブラジル戦には敗れたものの、ソロモン諸島戦で2ゴール、キューバ戦でも1ゴールをあげ、2008年ワールドカップ日本最多得点をあげました。
小曽戸コーチの活躍はフットサル会に衝撃を与え、『日本の救世主』として賞賛されました。

ワールドカップの活躍が記憶に新しい10月にFリーグが再開!小曽戸コーチのマークは一層厳しくなるにもかかわらず、その活躍ぶりは一層磨かれていきました。
雑誌の表紙を飾るなど、コート外でも注目を浴び、注目度も日に日に高まる一方でした。
2009年3月号のフットサルナビでは、キャプテン翼の作者の高橋陽一先生による、小曽戸コーチが表紙を飾り、Willow Fieldsのスタッフ・キッズ生・お客様一同大喜びでした!

Fリーグが終了し、バサジィ大分は6位でシーズンを終了。小曽戸コーチはベスト5の最終ノミネート選手(12選手)に残ったものの、残念ながらベスト5には選出されませんでした。
しかし、ワールドカップの活躍と、小曽戸コーチのFリーグでの活躍と人間性を評価され、Fリーグ特別賞を受賞しました。
今後の小曽戸コーチの活躍に期待をしましょう!
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